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東京地方裁判所 平成7年(ワ)21479号 判決 1996年11月18日

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成七年一一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、二分し、その一を被告の、その余を原告の、各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主たる請求の金額を金一〇〇万円とする外、主文第一項に同じ(遅延損害金の起算日は、訴状送達の日の翌日である。)。

第二  事案の概要

本件は、行政書士である被告がした原告についての戸籍謄本等の取得が正当な理由を欠き、原告のプライバシーの権利を侵害すると主張して損害賠償請求がされた事案で、右取得についての正当の理由の有無が争いとなった。

一  争いのない事実

行政書士である被告は、平成六年一一月中旬ころ、原告の依頼によることなく、原告についての住民票の写し(世田谷区役所)及び戸籍謄本(目黒区役所)の発行を申請し、これを取得した。

二  争点(原告の主張)

1 被告は、原告からの依頼もなく、また、正当な理由もなく、原告に依頼されたかのように装って右各書類を取得し、個人の戸籍等の記載内容に関しては本人に無断で他人に知られないというプライバシーの権利を侵害した。

2 原告(フリーのジャーナリスト)は、これにより、一〇〇万円を下らない精神的損害を被った。

三  被告の反論

被告による右各書類の交付申請は、行政書士としての職務上したもので、申請の経緯を明らかにすることはできないが、正当と判断される依頼に基づいてした。

第三  争点に対する判断

一  戸籍謄本及び住民票の写し等(以下、まとめて「戸籍謄本」等)の請求は、法律上、手数料を納付すれば、何人でもすることができる(戸籍法一〇条、住民基本台帳法一二条等参照)。しかしながら、戸籍法及び住民基本台帳法は、他人の戸籍又は住民票の記載内容をのぞき見することまで無制限に許容するものではなく、正当な理由のある場合にこれを許容する趣旨に出たものと解すべきであり、現に、同法は、戸籍謄本等の請求が不当な目的によることが明らかな場合には、市町村長がこれを拒むことができることをも定めており、これにより、情報を求める者とその対象となった者との利害の調整を図る意図をくみ取ることができる。

二  右のような戸籍法及び住民基本台帳法の右仕組みの下において、人は、戸籍及び住民票に記載された情報について、理由もなく開示されることを甘受しなければならないものではなく、正当な理由もないにもかかわらず、戸籍謄本の取得等の方法によってこれに記載された他人の情報を得ることは、静穏な生活を害するものとして不法行為を構成すると解すべきである。

三  本件についてこれを見るに、右法律の規定によれば、本人の依頼によらない戸籍謄本等の取得が違法となるものでないことは明らかであり、また、被告は、原告に依頼されたことを装ってこれらを取得したのでなく、行政書士としての職務上取得する趣旨を明らかにして請求しており、本人の依頼によらないこと、又は本人の依頼によるかのように装ってこれらを取得したことを前提とする原告の請求は、前提を欠き、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

四  次に、被告による原告に関する戸籍謄本等(証拠によれば、戸籍謄本と共に戸籍の付票をも交付請求しているが、本件においては、原告の主張に鑑み、この点は、考慮しない。)の取得について見るに、被告は、いずれについても、使用目的を「相続(分割、裁判所)」と記載して戸籍謄本等を請求したが、本訴においては、使用目的又は依頼者等、右請求が正当の理由に基づくことについて明らかにしない。

戸籍法及び住民基本台帳法に基づく関係省令は、弁護士、行政書士等による戸籍謄本等の請求について、一般人とは異なる便宜な取扱いを認めているが、その趣旨は、これらの者が、他人の依頼に基づいて事務処理をする過程において戸籍謄本等の取得を必要とする場合も少なくなく、正当な理由もなく、自己の個人的必要のために他人の戸籍謄本等を請求することがないことを信頼してのことと解せられる。

行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならないとされている(行政書士法一二条参照)。本件において、原告は、行政書士である被告による戸籍謄本等の取得が不法行為に当たると主張して損害賠償請求をしており、当裁判所は、平成八年五月二七日(第四回口頭弁論期日)、戸籍謄本等の交付請求が他人の依頼に基づく場合であっても、これを明らかにすることが法律違反となることがないよう、交付請求の正当性について釈明を準備するよう命じた。

前記のとおり、被告は使用目的について「相続(分割、裁判所)」と記載して戸籍謄本等の交付請求しているが、原告の相続に関して被告が個人的な利害を有している事情は全く窺うことができず、右交付請求は、虚偽の使用目的によるか、又は原告の相続に関して利害関係を有する他人の依頼に基づいてされたかのいずれかである。

虚偽の使用目的を示してする戸籍謄本等の取得は、真の目的が明らかにされ、それが正当なものと認められない限り、正当な理由がなくしてされたと解して妨げなく、当該戸籍に記載された者の個人情報を違法に取得するものとして不法行為を構成する。

被告による戸籍謄本等の取得が他人の依頼に基づくのであれば、当然には被告が責めを負う筋合いではなく、被告は、裁判所の命令に従って依頼の経緯を明らかにすることにより、責めを免れることができ、原告は、当該依頼者に対して不法行為責任を追及することが可能となる。

本件において、被告は、依頼者を含め、戸籍謄本等の請求の理由を明らかにせず、原告の利益侵害の回復を妨げており、これにより、正当な理由もなく他人に関する情報をのぞき見することを助けており、ひいては、被告による戸籍謄本等の取得が正当な理由もなくされたものと評価せざるを得ず、右は、不法行為を構成する。

原告は、被告による正当な理由のない戸籍謄本等の取得により、個人的な情報を知られたことによる精神的苦痛(これ以外に損害はない。)を被っており、これを慰謝するに足りる賠償額は、五〇万円をもって相当とする。

(裁判官 江見弘武)

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